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公式テキストブック

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京都検定1級合格者 徳田 誠さん

京都検定1級合格者 徳田 誠さん

第5回京都検定 1級合格
徳田 誠さん (京都府在住)

「日本三大古典随筆を生んだ京都」

 私は若い頃から歴史と文学に興味があり、といっても自己紹介で問われれば「趣味は読書とスポーツです。」と月並みに答えるていどのことで、単に物語を読むのが楽しみのひとつで、何かを研究するなんて毛頭考えたこともありませんでした。京都についても大阪育ちの私としては「お公家さんの文化都市や
とあまり好きではありませんでした。
 その私が京都検定1級に合格したことで京都に対する認識が一変しました。合格のご褒美として、京都産業大学日本文化研究所の特別客員研究員として勉強の機会を得たことがきっかけです。その後、ボランティアガイドやエッセイを書く機会が増えて生活に張りといいますか、大げさにいえば生きがいを感じるよぅになりました。神社仏閣、庭園、史跡だけではなく、祭りや行事など、ありとあらゆるものが伝統文化として受け継がれていて奥深く興味が尽きません。しかも京都は三方を山に囲まれた狭いエリアに見どころが高密度でぎっしりと詰まっていて、宝石箱の趣があります。年間5000万人の観光客が訪れることでその魅力の一端が窺われます。
 私はガイドのほかに某市で恥ずかしながらエッセイの講師として話をする機会にも恵まれましたが、高齢者の皆さんが真摯に私の拙い話を聴いてくださるのも、やはり京都検定1級合格者としての肩書の重みがあるのかな、と実感しています。そんな訳で、あらためて日本の(古都京都に生まれた)三大随筆古典文学作品である『枕の草紙』・『方丈記』・『徒然草』を読み直し研鑽に努めています。
新緑の京都は美しく、食べ物も美味しいことうけあいですが、すこしでも京都や日本の文化に関心があるひとならば、ぜひ京都検定にチャレンジして下さい。新しい楽しみ、発見があります。
 最後になりますが、晩年に素晴らしい贈り物を下さった。京都検定の関係者の皆様、京都産業大学先生ならびに事務方の皆様に心よりお礼申しあげます。

京都検定1級合格者 鈴木 淳一さん

京都検定1級合格者 鈴木 淳一さん

第7回京都検定 1級合格
鈴木 淳一さん (愛知県在住)

「私、日頃から室町・安土桃山文化を研究しております
~本気で書を学んでいます~」

 京都検定を受験しようとしたきっかけは、学生時代に京都に住んでいたからですが、京都に住みたいと思ったきっかけは「新撰組」への興味からだったような気がします。
京都検定の受験は、第1回の問題を見たときには、何とかなるだろうと軽く考えていましたが、勉強をするうちに日本の文化の奥深さ、特に工芸や伝統芸能の素晴しさを知りました。京都の伝統工芸の技術を結集した京都迎賓館一般公開のリハーサルに参加したときは、その工芸家の技能に圧倒されました。
そして検定の受験勉強を通して、日本独自の文化が花開いたと言われる室町・安土桃山時代の文化に興味を持つようになりました。
 足利義満の北山文化、足利義政の東山文化。この時代に花開く能、茶道。特に茶道文化の研究を現在ライフワークとしています。別に茶の湯を嗜んでいるわけではありません。茶道をとりまく文化-たとえば禅の思想、禅語、墨蹟、茶器、茶庭、茶室といったものを、書籍を読んだり、写真を見たり、現地や展覧会で実物を見たりして研究しています。
 安土桃山文化なら陶芸の楽焼、琳派の絵画―中でも酒井抱一が特に素晴らしいと思います。
そして何より両文化を結ぶ本阿弥光悦というスーパーアーティスト・プロデューサーの存在です。光悦の造形美、審美眼の高さは、国宝の茶碗「不二山」、俵屋宗達との共作になる国宝「舟橋蒔絵硯箱」、本法寺の「三巴の庭」、光悦寺の「光悦垣」に見ることができます。また「寛永の三筆」と言われるほどの見事な書。光悦という人物への憧憬が、私を書の世界へ導いたといっても過言ではないでしょう。写真を見ても分かるとおり、まだまだ手習いの域を出ませんが、いつかは宗峰妙超や一休宗純のような墨蹟、本阿弥光悦のような和歌が書けるようになりたい。古文書の資料を読めるようになって、さらに室町・安土桃山文化を研究したいという一心で書を学んでいます。

京都検定2級合格者 古賀 公一さん

京都検定2級合格者 古賀 公一さん

第6回京都検定 2級合格
古賀 公一さん (京都府在住)

「京都社寺500所巡り」

 私は京都の社寺巡りを始めてから10年を越えている。単に好きだったからという単純なものだったが、PHP新書による「京都の寺社505を歩く」を見いだしてから、本格的にのめり込んだ。十数年を経て現在ようやく350を越したところである。それは1日にせいぜい4~5ヵ所位であることと、数ヶ月(特に冬場)訪れていないこと、季節により同じ所を何度も訪れていることにある。春の桜の時期、紅葉の時期に同じ場所でも全く異なる顔を見せるからである。
 新しい所でまず必ずすることは、そこの由緒を書いた看板を読み、写真に収めることである。こうしておけばアルバムに収めてすぐにその場所を思い出すことができる。そうやって作成したアルバムは20枚ファイルにして33冊となっている。
 もう一つのポイントは、観光ガイドで必ず行くという、有名社寺はできる限り避けている。金閣・銀閣・清水など、遠い昔に訪れた所など350の中には入っていない。別に嫌いなわけなど無く、いつも人が多いからである。私の好みは静寂な落ち着く場所にある。そういう所には1~2時間でも黙然と過ごす。
 観光案内に載らない社寺にそんな所は実に多い。それを発見した時の喜びは大きい。こんな巡りを続けるうちに、京都の奥深さを認識して、ますます京都巡りは嵩じてゆき、付帯して食べ歩きも増え、それだけで一つのエッセーを書けそうになってきた。途中で知った京都検定の講習は、そういう京都好きの私に有難い肥やしになってくれ、機会ある限り受講していくつもりだ。京都を知ることは千年の日本歴史を学ぶことにもつながる。日本史に興味ある人にとり大切な場所なのである。

京都検定1級合格者 倉尾 守さん

京都検定1級合格者 倉尾 守さん

第5回京都検定 1級合格
倉尾 守さん (京都府在住)

「地元、神楽岡(吉田山)、白河(岡崎)の研究をして」

 私は、平成15年京都に転居いたしました。仕事上京都で勤務した経験は二度延べ4年ありましたが、住んだのは初めてです。当時元気だった妻とよく寺社巡りをしたもので、その時、歴史など知っていれば、より楽しく鑑賞できるのでないかと思い、京都検定を受験いたしました。71歳の時、1級に合格。その時、商工会議所の案内で京都産業大学の特別客員研究員として研究テーマに地元の「神楽岡(吉田山)」を選び研究。翌年、上席特別客員研究員になってから同じく地元の「白河(岡崎)」について研究をしています。
 吉田山は、吉田神社と京都大学の三高寮歌で広く知られていますが、昔は神楽岡と言い、その名の通り霊地で、神楽岡縁起によると、神々の舞う神楽に関係が深くその名がついたようです。平安遷都当時は「康楽岡」『日本逸史』、その後「賀楽岡」『文徳天皇実録』、続いて「神楽岡」『日本三代実録』と三度変化したことや、吉田神社が応仁の乱の兵火で焼失後、吉田兼倶が現在地に吉田神社を再建してから、通称「吉田山」と言われるようになり、現在に至っていることなど、『雍州府志』などの地誌などで分かりました。
 また「白河」については、今は岡崎といい、平安神宮や美術館、図書館、会館などの集まる文化ゾーンですが、平安後期、この地域は最も輝いていたようで、9世紀中頃、藤原良房が造営した別邸白川殿を、その子孫、藤原師実から贈られた白河天皇がその場所に法勝寺を創建、その後、白河北殿、泉殿や堀河天皇~近衛天皇の4天皇と待賢門院の創建した寺院、総称して六勝寺や今の蓮華王院の前身になると思われる、平忠盛寄進の得長寿院千躰観音堂等が建造され、保元の乱、平治の乱の兵火による消失や大地震による倒壊までは、王家の政治、仏教儀式の中心として繁栄していた様子等が『中右記』『愚管抄』等の日記や歴史書等で分かり、後期高齢者となった今も楽しく地元の研究を続けています。

京都検定2級合格者 井上 浩和さん

京都検定2級合格者 井上 浩和さん

第8回京都検定 2級合格
井上 浩和さん (愛知県在住)

「隨心院へ行ってきました」

 3月末、山科にある隨心院へ「はねず踊り」を見に行ってきました。「はねず踊り」は、隨心院にゆかりのある「小野小町」と「深草少将」の物語を題材にした今様で、一時中断があったものの大正時代に復活した踊りだそうです。
 地下鉄東西線「小野駅」で下車し、隨心院へ向かう途中、積年の思いが叶って見る
ことができるという喜びと、単なる行事としておざなりなもので、折角、頭に描いた物語のイメージが壊されてしまうのではないかという不安が入り混じった複雑な気持ちで観光客の後に続きました。
 隨心院では、門前に舞台が設置され、その前に百脚ぐらいの椅子が置かれていました。空は曇り、冷たい風が吹き今にも雨が降り出しそうです。これで、おざなりな踊りを見せられたらと思うと・・・・。
 まだ、時間がありましたので、梅園を見学しました。今年は寒さのせいで開花が遅れ、ちょうど満開で、「梅の花がみられただけでもよかった。」と思おうと考えました。
 そうこうしているうちに、開演時刻となり、席に着きました。
 司会の説明が終わり、「はねず踊り」を舞う子供たちへのインタビューで、ある子が「指先の角度が難しかった。」また、ある子は、「みんなで動きを合わせるところが一番大変だった。」と答えていました。私は、「子供なりに一生懸命練習しているんだなぁ。」と少し安堵いたしました。
 いよいよ「はねず踊り」が始まりました。指先まで神経の行き届いたしなやかな身のこなし、どの子も周りの子に合わせて踊るのではなく、皆が踊りを理解し、主人公になりきって踊ることで、自然に合ってしまうのでしょうか、誰一人として周りの子を見ていません。そういう姿は美しく、大変かっこうよく見えました。これなら、「私も踊ってみたい。」と思う子がたくさんいると思います。現に、見物していたどの子も、じっと羨望の眼差しで見ているようでした。
 誰かに言われて仕方なく行うのではなく、自らの意思で伝統文化を引き継いでいく、ここに1200年の歴史の重みを感じた充実した一日でした。

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