外出自粛時に読みたい京都検定3分コラム

塩原直美の「学習帖落書きコラム」(第5回:技術①)

皆様、お元気ですか? 祇園祭、山鉾巡行や神輿渡御などが中止となってしまいました。悲しく、悔しいです...今こそ、疫病退散の祈り、終息への願いを強く届けたい!関係者様だけの神事のみとなるようですが、共に心を合わせ祈りたいと思います。
こうした1年のニュース、話題を取り上げる「京都の1年の話題を振り返る講座」を毎秋、京都と東京で開催しています。そのため1月からの記事を再確認していますが、紙面の大半がコロナ関連。その中で、何とか「明るい話題」を探し、見つけては「ホッ」としています。皆様も検定対策で京都新聞記事を紙面やネットで読むことを日課になさっていることと思います。記事から波状し、その周辺にある事柄を再チェックすることも大切ですね。
そこでニュースを1つご紹介。平安神宮の南神苑に展示保管されている「京電車両」(京都電気鉄道、京都市交通局2号電車)が重要文化財になります。「路面電車の車両」としては初(電車車両としては3件目)。明治44年製造のこの車両は最古級で、廃止される昭和36年まで現役。近代の幕開け、発展とともに京の人々を乗せて街を走っていた訳です。好きな時に行きたい場所へ自由に電車に乗って何処へでも行けた日常。今はとても愛しく、貴く思えますね。その日常を取り戻すためにも「今は、お家にいましょう」。

さて今回の5回目、路面電車もその1つ、明治時代の近代産業も含む「技術」の時間。明治時代の京都近代産業にアプローチしてみましょう。あるキーパーソンを追えば、京都でどんな産業が産声を上げたかが見えてきます。その人物とは「明石博高」。1839年、四条堀川の薬種商の家の生まれ。肩書は医者、化学者、実業家...大阪舎密局を経て、京都舎密局へ移り、大活躍します。鴨東牧畜場、伏水製作所(鉄工場)、製革場、織殿・染殿、栽培試験場、化芥所(ゴミリサイクル施設)、梅津製紙場、養蚕所、病院、博覧会、画学校、集書院、女紅場、温泉、麦酒工場、窮民救済所など、彼が尽力した事業が沢山あります。明治11年、ワグネル(独人)が招かれた舎密局は明治14年に明石が払い下げをうけ3年後に廃業。清水の音羽の水を使った日本初の地ビールは売れず...牧場で製造した牛乳も当時の人々に受け入れられず...など苦戦。それでも明石は勢いを緩めず、知恵、経験、発想、実行力、リーダー力で近代産業の波を逞しく渡っていきました、スゴイ!そうした様々な功績から学習帖では「技術」だけでなく、「社会」「給食」「美術」の時間にも明石を登場させます。近年寄贈された日記には苦悩の秘話が記され、また円山公園の枝垂れサクラを私費で救うなどのエピソードから明石の人となりも知ることができます。「音羽の地ビール」飲みたかったな~カッコいいぞ~!明石(さん)!!



・・・講師プロフィール:塩原直美


(画像:舎密局案内駒札)

 

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